VISION
大きな技術は小さな消しゴム
―職人へのまなざし―
株式会社 WELLNEST HOME
代表取締役社長 中谷哲郎
代表取締役社長 中谷哲郎

良い家だな──あなたはどんな瞬間に、それを感じるでしょうか。温かさにふと気づいたとき。垂直に立てられた柱に目が留まったとき。壁の塗装に美しさを感じたとき。プロフェッショナルな職人が集まり、それぞれの技術の粋を集めて作り上げられるのが、本来の住宅のあるべき姿です。
ウェルネストホーム代表取締役社長の中谷哲郎は、前職の記者時代から、住宅業界を支える職人たちを見つめてきました。熟練の職人たちによって建てられた家には、隙間が小さな消しゴムひとつほどしかありません。それはどれほど大変な作業で、どれだけの技術が必要か。技術のある人、がんばる人たちが評価される社会を目指すべく、ドイツで受け継がれる「マイスター制度」を糸口に中谷が語ります。
職人と記者
職人の話といっても、創業者の早田宏徳と違い、私は職人上がりではありません。前職は住宅専門紙で編集長をやっていました。工務店経営者などが読む業界紙。大工、左官、屋根葺き、板金、石工、電気や水道の工事……専門の職人たちが技術の粋を集めて、半完成品を現場で作り上げていくところに、住宅建築のおもしろさがありました。
そんな私がウェルネストホームに参画したのは、住宅業界に対する違和感について早田と意気投合したことがきっかけです。


とくに課題視したのが、業界が構造的に変化するなか、有能な職人たちが単なる下請け業者になってしまったことです。かつては棟梁と各領域の職人たちで一軒の家を建てるのが主流でした。それがハウスメーカーという職種の台頭により、安さと早さを優先した大量生産が一般化。なんの営業をしなくても案件が降ってくるのだから、職人も言われるがまま右から左へ作業をするばかり。そんな仕事のどこがおもしろいのでしょうか。
この弊害に、職人が継承してきた技術の断絶も挙げられます。たとえば左官。コテを片手に漆喰の壁を塗り上げる専門職で、滑らかな仕上がりはまさに名人技です。それがいまや仕事がほとんどなくなってしまいました。試しに住宅地の外壁を見回してみてください。レンガ造り、積み石などさまざまありますが、たいていがイミテーションです。手作業によるコスト、メンテナンスの必要性、クレームが起きる可能性などが憂慮され、模造品に取って代わられました。左官職人は活躍の場を失い、せっかくの技術を活かせずにいるばかり。これっておかしな話ですよね。
そうした変化は、住宅業界だけでなく地域活性化や地方創生の観点からも問題です。ひと昔前までは、地元の工務店と職人が家を建てたり、リフォームをしたりするのが一般的でした。水道なり、ペンキなり、屋根なり、なにか問題が発生したときにメンテナンスをするのも地元の職人。地域のなかで家を守ることで、小さくても経済が回っていました。
これがハウスメーカーを通すとなると、中央集権のごとく東京や大阪など大都市にお金が吸い上げられてしまいます。地域で新たに経済を作り出すのは至難の業。しかし、地方であっても家は必ずあります。人が住む限りはメンテナンスも欠かせません。地域でお金が循環するような仕組みは、絶対的に必要なことだと思います。


大きなお世話だとしても、職人は考え方を変えるべきではないか。立ち位置を見直すべきではないか。住宅専門紙をやりながら、そんな考えで勉強会を開催していました。仕事を取ろうと営業やPRをしたことがない人たち対して、ホームページやチラシの作り方からアドバイス。若手から年配まで、幅広い人たちが一生懸命に参加してくれたことを覚えています。みなさんきっと心のどこかで感じていたのでしょうね。下請け仕事のままではいられないって。


マイスター制度と教育プログラム
そういう思いをいっそう強くしたのが、2012年のドイツ視察です。現地在住の環境ジャーナリストである村上敦さんに、早田とともにフライブルク市ヴォーバン地区を案内してもらいました。ウェルネストホームにとって原点ともいえる土地。そこで伝統的な「マイスター制度」について深く知ることになりました。

マイスターとは、ドイツ語で「名人」を意味する言葉で、専門的な技術や知識、豊富な経験を持った人を指します。ドイツでは職人が住み込みで修行したり、一定期間働いたうえで試験に合格したりしなければ組合に入れないといった、中世からの伝統的な文化がありました。これが20世紀半ば、国家資格として明文化されるようになったのがマイスター制度。大工や左官、屋根葺きなど41の職種は、この難関資格を取得しなければ開業ができません。見習いへの指導すら認められません。レストランの給仕だってマイスター資格があるのですから、見事な制度ですよね。
マイスターとなるには、まず「ゲゼレ」を取得しなければいけません。ドイツ語で「職人」を指す国家資格。取得するには、義務教育後に約3年間の職業訓練を受けることが必要です。この期間中は「デュアルシステム」という教育プログラムが敷かれます。週1〜2日は希望の職種について理論や基礎知識を学ぶ職業学校に通い、3〜4日はその職種の企業で働くという制度。学校で座学をし、マイスターのもとで実践を重ねるのは合理的ですよね。そもそもドイツでは、9歳の時点で一度、大学進学と職業訓練のどちらを目指すか適性が評価されます。職人の制度の以前に、教育プログラムからして、日本とは全然違うのです。


視察をするなかで強烈に印象的だったのが、デュアルシステムの学校に行ったときでした。さまざまな職種の学校があり、あれは水道工事の学校だったかな……教室の扉を開けたら、部屋いっぱいにズラーっと並んでいたんですよ、給湯器が。ドイツの全メーカーの給湯器があったように思います。それを15、16歳の生徒たちが、一生懸命に分解しては、ていねいに組み直していました。職人になるための基本として、専門の領域はすべて理解していなければいけないという考えなのでしょう。手間をかけないよう、クレームにならないよう、メンテナンスよりも商品交換が優先される日本とはこれまたえらい違いですよね。
印象深いことはもうひとつありました。視察……というよりその合間、レストランでビールを飲んでいたときのことです。見慣れない身なりをしたふたり組が入店してきました。まっすぐなネクタイに、8つのボタンがついたベストという正装。立ったままで食事や飲酒のそぶりを見せないので、どうしたのだろうかと眺めていると、彼らは突然、口上を披露したのです。ドイツ語なので正確にはわかりませんが、「やあやあ、みなさん、今日はようこそおいでなさって」というような調子で、終われば店内は拍手喝采。チップが飛び交いました。後から知ったことによると「ヴァルツ」という風習だそう。大工や家具などのマイスターを目指し、旅職人として修行期間をすごす伝統だといいます。ヴァルツが町の人に受け入れられ、応援されている光景は、職人の立場が社会的に尊敬されている証のように感じました。


職人とウェルネストホーム
結局、マイスター制度の前提にある、職人に対する社会的な評価がドイツと日本ではまったく別物なのですよね。
マイスター制度はドイツにおける難関の国家資格ですから。要は医者や弁護士と同等の社会的評価で、給与待遇も決して変わりません。大工や左官のマイスターは、知的専門職として憧れの存在。人気の職種だから、子どもの時点でも目指したいと思えるし、しっかりした体系的な教育プログラムが敷かれているのです。
これが日本だとどうでしょうか。医者や弁護士と同等に見なされることはなく、肉体労働職として語られるのが一般的です。中学校、高校で勉強が得意でなく、手に職をつけるため職人になるといった風潮もあるかもしれません。いざ職人になろうとしても、建築現場にカリキュラムなんてなく、文字どおり叩き上げ。棟梁に怒鳴られながら見よう見まねで覚えていくしかありません。


社会的な評価を覆すのは簡単なことではありません。だから、いまは私たちのできる範囲で、ウェルネストホームとして職人の価値を見直すべく取り組んでいます。
全棟で中間時と完成時の2回実施している気密測定がそのひとつ。隙間面積の小ささを表す気密性能(C値)を計測するもので、数値が小さければ小さいほど、すき間のない快適な住宅といえます。一般的には、気密性能が1.0㎠/㎡以下であれば高気密とされます。しかし、ウェルネストホームの基準値は日本トップレベルの0.2㎠/㎡。家をくまなく見渡しても、消しゴムひとつの大きさしか隙間がないことを意味します。これは本当にとんでもない技術ですよ。見える化したことで、職人たちのモチベーションアップにもつながりつつあります。「あの現場では0.18㎠/㎡だったから、ここでは0.15㎠/㎡を目指そう」というように競い合いが生まれ、仕事にプライドを持てるようになるはずです。
気密測定で優れた結果を出しつづけた職人は、年に一度の総会にお呼びして表彰をすることがあります。以前は、三つ星の描かれた作業着もプレゼントしていました。気密性能が高い家を建てたり、作業日数が短かったり、挨拶や整理整頓など近隣からの評判が高かったり。社会的評価といわずとも、まずは社内やグループ内からでも、がんばっている職人を評価する組織にしていきたいと思っています。

そして、職人のモチベーションとは評価であり、評価とはなにかといえばやっぱり給与が欠かせません。彼らの給与に還元できるように、住宅の真っ当な価値をお客さまに伝えていかなければいけないのが、私たちのがんばりどころです。
「なんで壁の作業がこんなに高いのですか?」「他社なら3、4の工程で済ませているところを、職人が13、14もの工程の手間をかけていますから、高いのも当然です」
「気密処理ってそんなに高価な作業なのですか?」「職人が床下に潜ったり、壁と床のわずかな取り合いの部分をテープで留めたりしています。隙間をなくすために、指紋がなくなるくらいテープをこするんですよ。一度体験してみますか?」
超一級の技術を持った職人たちが、膨大な手間をかけて住宅を建てているのです。だから、私は口が裂けても言えませんね。「安くしますから買ってくださいよ」なんて。


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