VISION
はじまりの旅
―私がドイツで出会ったもの―
株式会社WELLNEST HOME
代表取締役創業者 早田宏徳
代表取締役創業者 早田宏徳
ウェルネストホームの原点となったドイツ、フライブルク市ヴォーバン地区を訪れてから約15年―。
創業者である早田宏徳がそこで見た景色は、いまも鮮明に彼の記憶に残っています。住宅のあり方やまちづくりの取り組み、そしてそこに住む人々の暮らし。すべてのインプットが、今のウェルネストホームの礎となっているのです。
今回はそんな最初の一歩である、15年前のストーリーを紐解きました。
ドイツ ヴォーバンの姿
2007年秋 、私はドイツ南西に位置する、人口約20万人の都市フライブルク市にいた。
ドイツの少し肌寒い秋風に身体を包まれながら、ここにはきっと何かがある。そう確信を持って、期待に胸を膨らませ、この地に足を踏み入れた。
フライブルク市は第二次世界大戦でフランス領に占領され、戦後も長く軍の兵営地として統治されていたそうだ。そのフライブルク市の南端に位置するのがヴォーバン地区。1997年から再開発が始まり、省エネ住宅を推進し、再生可能エネルギーを導入。現在では、多くの観光客がエコツーリズムで訪れるほど注目されている。
そもそもなぜ私たちが、ここを訪れることにしたのか。
その始まりは1997年に京都議定書が採択されたことにさかのぼる。気候変動など大きな課題が目の前に迫る中、家や街が地球環境に及ぼす影響の大きさを知り、作り手としての重責に身震いをした。地区や都市の形成というのは、その地域の100年先まで見据えて計画しなければならないものであり、家はたとえそれが個人の所有物であったとしても、一軒一軒が社会を作るインフラなのだと痛感した。
だから、私たちはそれを体現しているドイツを視察するためこの地を訪れた。
ヴォーバン地区の人口は約6000人。同じような高さの住宅が隣り合うように、でも程よく距離を保って集合している。そのすべてが集合住宅地だ。ドイツの街並みというのは農村部を除いて、ほとんどが分譲や賃貸の集合した住宅で成り立っているらしい。
日本で見るようないわゆる“住宅街”ではなく、街路樹や山々の自然と調和しながら街を形成している。歩道では子どもたちが地面に絵を描きながら楽しそうに遊んでいる。
建物の入り口には玄関が一つあり、中に入ると大きな階段があらわれる。その左右に部屋が並び、一棟の建物の中にはおよそ10世帯ほどが暮らし、コミュニティを築きながら日々の生活を営んでいる。
まるで街全体が一つの生命体であるかのように、統一感を保って存在しているのだ。さまざまなタイプの戸建て住宅が乱立する日本のそれとは異なり、5階建てぐらいの集合住宅がたち並んでいる。私は疑問に思い、こう聞いてみた。
「なぜ、この街の建物は5階建てが多いか?」
すると、こんな答えが笑顔で返ってきた。
「木もそれくらいの高さまでしか伸びないでしょ? 猿が登れるのも5階建くらいの高さが限界。だから人間も、それくらいまでしか行ってはいけないの」
なるほど。自然と調和するとはまさにこのこと。人間の暮らしや利便性を優先するのではなく、自然のあるがままを基準に家づくりを考えるとその考えにたどり着くのか、と頷く。
何気なく視線を上げると、ライン川のほとりからの美しい光景が広がる。
地域の人々の目に守られた子どもたちが、家の外でキャッキャと走り回っている。
なんて豊かなのだろう。
ここにある空気感から暮らしの中の豊かさ、そして満ち足りた幸せを感じる。街を見て回りながら、私は自分の心が満たされていくのを感じた。
そしてふと気がつくと、40年前に生まれ育った、長崎の長屋からみた風景とこのドイツの風景を重ねていた。
あるがままの自然の声を聞く
市内の古い住宅地を歩くと、すでに100年を経過した煉瓦造りの住宅群が立ち並び、大人たちの手によって健全に維持、管理されている。この丁寧な手入れがされているからこそ、建物を取り囲むように茂る草木も芝も、より一層いきいきとして深い緑になるのだろう。
それにしてもなぜこんなに緑が豊かなのか、街を少し見回しただけでもたくさんの草木があり、立派な木が立ち並ぶ。それも植えられたという不自然なものではなく、生活の風景の一部として溶け込んでいるのだ。
聞けば、まちづくりを計画した際の図面には、保護すべき樹木、特に、古くからある大きな木が全て記されていて、街の一部として残すことが決められているという。
大木を残したことによって、夏は涼しい木陰がつくられ、蒸散作用による空気の冷却、そして広葉樹の葉は空気清浄の役割も担う。このヴォーバン地区では、より良い住環境の形成のためには自然保護が大切であると、皆、知っているのだ。
たとえ、人工的に土地に適した植物を選んで植え込んだとしても、この環境は成り立たない。育てるのに時間がかかる大木の保護は豊かな環境を作るには必要不可欠だ。それを何よりも街の人が理解しているというのが素晴らしい。こんなふうに、街のちょっとした風景にも、思わず感動のため息が漏れる。
耳を澄ませば、小鳥がさえずっている。
住宅街の家の前なのに、野鳥がさえずっている環境なんて、日本ではまずないだろう。
もう一つ驚いたことがある。それは、とにかく公園が多いことだ。地区内には、ヴォーバン通りの左右合わせて5か所に公園が作られている。『緑の帯』と呼ばれるこれらの公園のコンセプトは、住民参加のワークショップで参加者が実際に手を動かしながらコミュニケーションをとってアイデアを出し合い、設計を行ったもの。その結果様々なタイプの公園が完成し、どれも住人の憩いの場だ。
豊さとはなにか、その理由
ここで暮らす人は、皆、幸せそうだ。
父や母が子どもと一緒に昼間から遊んでいる光景は、日本ではまず見ないだろう。
なぜこんなにも豊かな時間が流れ、住宅や街全体に統一感があるのか。そんな考えを巡らせながら視察を続けていくと、もう一つの理由が見えてきた。
それは豊かな暮らしを考えたときに、切っても切り離せない経済的な視点だ。ドイツではほとんどの世帯が賃貸住宅に暮らしているため、当然住宅ローンとは無縁。気密性が高く断熱性に優れたドイツの住宅は月々の光熱費も安く、経済的なのだ。
正直、ショックだった。
高品質だといわれてきた日本の家は、冬は寒く夏は暑い。そんな日本の当たり前が、ドイツでは建築基準法をも満たしていないという現実。そして日本の人々は、それを解消するために冷暖房に頼り、無駄なエネルギーを消費している。
人は生きていく以上、住宅にかかるコストから解放されることは、決してない。
しかしその負担割合を、街の力や家の力で抑えることができたら?
多世代にわたって、その負担を少しずつ分担することができたら?
今を生きる人々の貯蓄は、未来の子どもたちの教育費や家族が思い出を作るための旅や経験に、思い切って振り向けることができるだろう。
暮らしとは生活。
生活にはどうしたってお金がかかる。だからこそ、「安心して暮らせる=安く住める」というのは、街を作る上で非常に重要な要素になるという考えに辿り着いた。
暮らしと調和するまちづくり
ヴォーバン地区の大きな取り組みの一つに、居住区から自動車を排除していることが挙げられる。実際に歩いていて驚くのだが、ほとんど車が走っていないのだ。
普通の住宅街ならば、道路には車が走り、住宅の敷地内には生活に欠かせない足として車が駐車されている光景が一般的だろう。だがここにはそれがない。
ヴォーバン地区の大部分の住宅街は駐車場を設けず、街の構造も車の通り抜けができないようあえてマス目状ではなく主要道路に対してコの字型に整備されている。
だから、子どもたちは家の前の道路を使ってのびのびと遊べるのだ。
でも、車がなくて不便なのでは?そんな疑問も湧いてくる。
ヴォーバン地区では、路面電車やバスなど公共交通機関の利便性はかなり高く整備されている。運行間隔も日中で約7分に1本程度なので、ストレスなく移動することができる。
また、金曜日や土曜日など休日前日は深夜を通しての運行もあるようだ。
しかも線路沿いの騒音防止のため、線路の軌道が緑化され、芝生が植えられている。アスファルト部分を走行しているときと比べると、かなり音が抑えられるなど、周辺環境に配慮されている。これも快適な住宅地をつくる上で重要な視点なのだという。
確かに街の中を歩いていると、路面電車の線路がしっかりと整備されている。
最近では、車を必要とする際には、カー・シェアリングを利用するケースも増えてきているらしい。
それから車置き場にもひと工夫。住民たちは自家用車を幹線道路沿いにある立体駐車場に駐車することが義務付けられている。これは何度も住民と行政が話し合いを重ねた上で決まった策だそう。街に住む人々が積極的にまちづくりに参加する。その様子も健全なまちづくりの一つのように思える。
“まちをつくる” 新たな旅のはじまり
ヴォーバン地区に作られた集合住宅のほとんどはコーポラティブハウスだ。
コーポラティブハウスとは、不動産業者やデベロッパーの一存で建設するのではなく、建てる前に家計の状況や趣味趣向の近い人同士が集まってグループをつくり、共同で土地を購入し、建設の計画段階から完成後の維持管理費などまで話し合いを重ねてつくられた住居のこと。
住み始めてからもコミュニティ内の結びつきは強く、絶えず交流が続いていく。
住居の形式も、壁を連続させるタイプの長屋式のものが多いが、庭の仕切りには柵をつくらず、植物を使ってプライベートな視界を保護することで、圧迫感を緩和させるなど工夫がなされている。さらに、近所のコミュニティのつながりが強いからこそ、育児は助け合いによって成り立っているという。だから、街の中で小さな子どものいる様子をこんなにも見るのだろう。
暮らす人が、自ら豊かさを考え、実行していく。まさに、幸せな暮らしのあるべき姿だろう。
豊かな環境も、人も街も皆で育てていく。
持続可能なまちづくりを考えたときに、その行き着く最小単位が“家”なのだ。
初のドイツ訪問から多くの刺激を受け取り、私の人生は変わった。
日本でこれまでつくってきた家はなんだったのか、そもそも住みやすさ、暮らしやすさ、幸せとはなんのか。そんな考えを巡らせながら帰路についた。
訪問の際、とある女性がこんなことを語った。
「ここが美しくて、私たちが幸せそうに見えるのはなぜかって?それはきっと、この家があるからね」
この言葉を聞いたときに“街をつくりたい”、そんな考えがふつふつと湧いてきた。
日本にもこんな住みやすく、幸せを提供できるような街を自分たちの手でつくってみたい。
――原点。
まさにこの言葉通り、2007年のドイツ訪問が私たちの家づくり、そしてまちづくりのはじまりだ。あの日から、街を作ることが私の夢となり、私の行動全ての原動力となっている。
そして、そこで受けた衝撃がウェルネストホームのいま、そして未来へと繋がっている。
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