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VISION

土地こそアイデンティティー
―未来の世代からの預かりもの ―

株式会社 WELLNEST R&D 代表取締役
株式会社 WELLNEST HOME 代表取締役創業者
早田宏徳
白樺が広がる地平線の先に、裾野を広げた羊蹄山が美しくそびえています。夏には深い緑に鳥たちのざわめきがこだまし、冬に降り積もるのは極上のパウダースノー。豊かな自然と人間の営みが交差する北海道ニセコ町で、ウェルネストR&Dは官民連携のまちづくりプロジェクト「ニセコミライ」に取り組んでいます。
こうした日本の美しい風景を未来の世代のために守っていくには、どんなことができるでしょうか。ウェルネストホーム創業者の早田宏徳は、土地も日本のアイデンティティーのひとつと捉えています。考え直す契機となった、直近のちょっとした出来事から早田が口を開きました。

ひとりの女性の声

最近ね、「ニセコミライ」でニセコ町へ行ったときに偶然、25歳の女性と知り合いました。
ニセコのホテルでリゾートバイトとして働き、東京へ帰るタイミングだと話していました。どうやら英語が得意らしく、海外の人とコミュニケーションを取れる仕事がしたかったそうで、立派ですよね。
しかし、彼女は長期で働く予定だったところを3ヶ月で切り上げてしまったようです。時給が1100円だったから。観光客向けに、ラーメン一杯さえ2000円、3000円もするような土地では、この時給ではまともに生活できません。職場は大手外資系のホテルだったというにもかかわらず。
僕は絶句しましたよ……でも、これが現実。けっして彼女個人の問題ではありません。英語をバリバリ話せる能力があって、海外の人と仕事をしたいという志をもっているのに挫折せざるをえないなんて、おかしい話ですよね。
21世紀になって、ニセコでは投機目的の海外資本による土地の売買が急速に進みました。好ましい影響はたしかにあります。雇用や税収が増大するなど経済効果がありましたし、道路やホテルなどインフラの整備も進みました。でも、彼女のような若者が生活できなくなるようでは、本末転倒じゃないですか。
本来、ニセコはたくさんの事業機会が見出される地域とされています。駅や街中から簡単にアクセスできるスキーリゾートなんてそう多くありません。パウダースノーは世界的にも最上質で、海外で「JAPOW」なんて呼ばれるほどですから。それにもかかわらずいまのような状況になっていることについて、不動産に携わる者として、僕らが真剣に考え直さないといけないでしょう。土地の売買がどれだけ尊くて、大変なことなのか。

土地を売買するということ

日本の土地を海外資本が取得するにあたり、どのような規制があると思いますか? これがほとんどないんですよ。
では、日本のように海外資本がその国の土地を購入できる国がどれだけあるでしょうか? そんな国、ほとんどありません。当然ですよね。地価の高騰、文化や景観の変化、地元経済から外資系企業へ利益の流出など、好ましくない影響がいくつもあります。安全保障の観点からしても問題ですよ。国会でも議論されつつあるようですが、いまなお整備されていないから、沖縄や京都でも、土地がどんどん海外と売買されています。
そうした規制の不備に加えて、そもそも世界の富裕層は海外の土地の購入に積極的なんですよね。彼ら彼女らからしたら、日本の不動産は狙い目でしょう。政情が安定しているし、円安なうえに物価安だし、地価が高騰していないし。なにより規制がほとんどありませんから。
同じように外資系のビルがたくさん建てられている場所として、タイを思い浮かべる人も多いでしょう。ただ、タイが日本と決定的に異なるのは、土地が国の管理下にある資産として、厳格に扱われていること。国の資産であるから、国民や国内資本が土地を自由に売買できても、外国人や海外資本は原則的に土地を所有できません。土地が等しく個人の所有物と見なされ、自由に売買されている日本とは大きな違いかと思います。
といっても、日本の土地がこうも簡単に手放されるようになったのは、この数十年のことかもしれません。僕が仕事を始めた30年前のおじいさん、おばあさんは、総じて土地を尊いものとして扱っていたような気がします。先祖代々受け継いできたものに誇りを抱き、必死に貯めたお金で家を建てたような方々がたくさんいました。1920年代から1940年代にかけて生まれ、戦争を経験した世代は、土地をアイデンティティーと見なしていたのではないでしょうか。

未来の世代のためにできること

日本の土地の価格は上昇傾向にあります。2025年の公示地価は全用途の全国平均で2.7%上昇。これはバブル崩壊後の1992年以降でもっとも高い上昇率です。日本のバブル経済、アメリカのサブプライムローン危機とリーマン・ショック、中国の不動産バブル……土地と経済は一蓮托生の関係にあります。
いま日本の一等地や素敵なリゾート地をだれが買っているのかといえば、残念ながら海外資本です。バブルの崩壊により株価が下がり、不動産価格も下落し、日本人は不動産を買わなくなりました。「どうせ売れないのだから、戸建て住宅なんて買うもんじゃない」という刷り込みに心当たりがある方もいるでしょう。買い手が日本にいないのだから、外資系企業や海外の富裕層へ売買してしまうのも、仕方がないことなのかもしれません。

しかし、その土地はだれのものか考えてみてください。所有者の目先の利益? 海外資本の資産? どれも違うでしょう。ノルウェー初の女性首相、グロ・ハーレム・ブルントラントがこんな提言を残しています。
「地球の資源は未来の世代からの預かりものである」
1987年に国連で発表された、通称「ブルントラント報告」の一節です。近年叫ばれている「SDGs(持続可能な開発目標)」の土台にもなりました。日本の土地は未来の世代、僕らの子どもや孫からの預かりもの。彼ら彼女らに「ありがとう」といわれるようなことをしなければいけません。

では、一人ひとりになにができるのかといったら、アイデンティティーを守っていくこと。なにも土地を簡単に手放さないことだけには限りません。神輿を担いだり、お祭りを維持したりしていくこともそうですし、清掃により地域のきれいさを守っていくのも大切。子どもが公園で遊んでいたって、大声を出していたって、みんなで見守ってあげたらいいじゃないですか。お互いの顔が見えるコミュニティを築いていければ、それが地域のアイデンティティーになるし、土地を手放す人もいなくなると思います。
そして、僕らウェルネストホームは住宅企業であり、ウェルネストR&Dはまちづくり企業です。みんなが大切にしている土地に建物をつくるなら、100年先でも使えるようなものにしなければいけません。100年先もコミュニティーがつづいていくようなまちづくりをしなければいけません。 未来の世代に向けて、アイデンティティーとなるような土地を受け継いでいくことが、僕らが果たすべき役割だと思っています。
#土地 #土地の売買 #不動産 #海外資本 #ニセコ
PROFILE
株式会社WELLNEST R&D 代表取締役
株式会社WELLNEST HOME 代表取締役創業者
早田宏徳

左官職人からキャリアをスタートさせ、約15年間住宅会社に勤務。延べ3000件を超える家づくりに携わる。2008年にドイツへ渡り、世界水準の住宅性能に衝撃を受ける。日本の住宅業界の変革を志して講演活動を行う最中、東日本大震災をきっかけに命を守る、環境に配慮した住宅で社会を変えるため、2012年ウェルネストホームの前身となる低燃費住宅を起業。現在は独自開発のAIを搭載したHEMS(Home Energy Management System)や、脱炭素建築の集合住宅による、持続可能なまちづくりに携わるWELLNEST R&Dの代表も兼任している。

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